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路地裏散歩

特撮とかアニメとか感想と犬。

ザンキ・ものさし論

いや、論っていう程大層なもんじゃないですが。


仮面ライダー響鬼」が大好きで毎週とぉっても楽しみに見ております。その中でも、最近重用の激しいザンキさんについてふと思ったことがあるので、チラ裏だけどまとめてみました。


正直、ザンキがここまで重用される物語上の必然はどこにもないと思います。
ザンキにスポットを当てるくらいなら、それ以外のところ、特にヒビキに焦点を当ててやれよ、といつも思います。特に後半のヒビキの目立たなさっぷりといったらもう。いろんな事情はあろうとはいえ、かわいそうなくらいです。


じゃあ、そもそもザンキは物語中でどんな役割を担うべきキャラクターだったのか。
多分、彼はキャラクターの物差しだったんでしょう。鬼として働き、弟子を育てて一人前にし、引退した後は猛士内で何らかの役割を担っていく、というごく平均的な鬼の姿として描かれるはずだったのではないかと。極々平均的な鬼の姿を一本描写することで、それとは異質なスタンスを取る鬼や猛士のメンバーのイレギュラーっぷりを解りやすく見せる事ができる、ということを目的にして作られたキャラだと思うのです。(それにしては『関東最強といわれる響鬼に並び立つほどの実力者』という付加価値はありますが、画面上で出てこない限りはリップサービスみたいなもので、なんとでも言えますから。)


■同年代で弟子を育てている鬼を描くことで、ヒビキが弟子を取らない異質さを強調する。
# トドロキデビュー前にもう少し絡んでくれてたら、なお良し。


■弟子をデビューさせる状況を描くことで、その他のキャラについても「デビューしたときはどうだったのか」「この先デビューするときはどうなるのか」といった部分について想起させる。
# 欲を言えば、トドロキの修行期間はせめて後半年、もしくは1年長い方が良かった。
# あきらが2年で鬼間近というのは、結構優秀な成績のはずなのに、修行期間が同じだけのトドロキがデビューしちゃったら、あきらの優秀性が揺らぐ。


■鬼の引退劇を描くことで、鬼という職業の締めくくりを描写する。


■鬼を引退した人間が、その後どういう道を歩くかを示唆する。
# ぶっちゃけ、トレーナー(コーチ?役職が同じなのに表現が揺れてるのか、それとも同じ役目なのかはっきりせい)として吉野に行っちゃっても良かった。
# サポーターにつくことで「元鬼のサポーターもアリ」という示唆にはなるからどっちでもいいけど。


□元鬼であるという経歴を生かしたサポート描写で、一般のサポーターとの差異を描く。
# これは描写されてなかったので『やればできたこと』かな。
# やりすぎると香須美の存在意義が薄れる可能性が有るので、良し悪しかも。


この辺を、15、16、19、20話辺りで描いたことで、ザンキというキャラクターの物語上の役割は果たし終えてるんですね。だから20話でトドロキがザンキに頼っていたことを自覚し、それを乗り越えたなら、吉野に行ってしまって、後はどうしても必要があれば、節目節目で描写すればいい。言ってみればそれだけのキャラクターでよかったわけです。だから21話以降は出てこない話もそこそこありましたし、出てきてもそう重要な役割を担っていたわけではありませんでした。そして、ザンキのキャラクターの性質上、それで問題なかったわけです。


ところが、ここで問題が出てきてしまいました。
いざ話を動かそうとしたときに、話を引っ張っていけるほどきっちり描写されたキャラクターがほとんど居なかったのです。みんなザンキとどっこいどっこいのレベル(はちょっと言い過ぎだけど)の描写でしかなかった。
とはいえ、話は動かさなければならず、その話の中では主役やそれに準じるキャラクターは、当然担うべき役割があります。


そこで目をつけられたのがザンキです。『ある程度は画面上に露出があり、猛士内部の活動に深く関わっており、適度に脇役』だった。その為、他のキャラクターを生かすべき状況を作り上げる駒(言い方は悪いですが)として使われ、結果として『番組名は「仮面ライダー斬鬼」じゃないのか』といわれるような状況を作り上げてしまったわけですね。


「ものさし役」がきちんと「ものさし役」を果たしていたが故に、その後「ものさし役」を外れて目立ってしまったというのは、なんだか笑えるような笑えないような話です。逆にいえば、「ものさし」に「ものさし以上のことをさせる」状況が出てきてしまったというわけで、その辺はさっさと他のキャラクターをもっと描いておかなかった弊害であるといえるかもしれません。


かつ、こことは別の問題ですが、ザンキは(多分作り手の想像以上に)人気が出てしまい、「玩具が出る」「再変身しなければならない」という事情が出来てしまったようなのですね。
一度挫折した人間が復帰する、という単純に盛り上がるエピソードをザンキに振らざるを得なくなった。当然、一度引退した身ですから復活には相応の説得力を持たせなければならない。必然的に描写が多くなる。目立ちますね。


この辺の事情があいまって、結果としてザンキは登場人物の中でも一、二を争うほどバックボーンがしっかり描かれた、重要キャラクターになってしまったのでしょう。