路地裏散歩

特撮とかアニメとか感想と犬。

こんな響鬼が見てみたい。

 まだ終了していない番組に対して、総括的に云々言ってしまうのは危険なのだけれども、今の時点で「これだけは今後もう絶対に実現しない」という妄想を3つ。


1.最初から最後まで高寺プロデューサーが作成した「仮面ライダー響鬼
2.最初から最後まで白倉プロデューサーが作成した「仮面ライダー響鬼
3.高寺プロデューサーが作成した、物語序盤で明日夢響鬼に弟子入りして物語が進んだ「仮面ライダー響鬼


 どれもこれも、今となっては夢物語ですが、「私は」どれも楽しめたと思うんですよ。
あえて「」付きなのは、私は楽しめるとは思うけれども、作品としての世間の評価とか売上とか、そういう全体を通してみた場合の「仮面ライダー響鬼」としての評価にはまるで繋がらないだろうと思うから。
 基本的に、私は物語をキャラ主導で見てしまう癖が有って、「キャラがよければ全てよし(逆もまた有り)」な判断を下す傾向にあるからです。


 以下、個人的な妄想ですが。


1.
29話までの流れがそのまま続く感じですかね。戦国時代から連綿と続く「魔化魍退治」のプロが織り成す「プロの仕事」物語。いつになく異常発生する魔化魍を倒しながらその原因を探り、その原因を叩き潰すことで1年間の物語は収束する。発生頻度が通常に戻った魔化魍を倒しつづけるヒビキの背中でEND、みたいな。


2.
わざわざ一般的には悪いイメージのある「鬼」という言葉をヒーローである側に持ってくることで、ヒーローが背負う影の部分に焦点を当てそう。なぜ彼らは「鬼」と呼ばれるのか。人が「鬼」でありつづけるためには、何を持ちつづけ、同時に何を捨てなければならないのか。「鬼」であることの意義とは。そして魔化魍とは単なる自然発生する害悪であるだけなのか…とかそんな事をいろいろ突っ込んでくれそうです。


3.
これが一番見たいパターンで、何で弟子入りを却下しちゃったんだよ、と頭をグルグルひねってたり。実際あちこちでも見かける意見なので、二番三番煎じの感は否めませんが、明日夢が初期に弟子入りしていた方が生かせる設定、状況、キャラクターが相当多いように感じます。一言で言えば「もったいない」。特に年少組に顕著かな。あきらもツトムも、明日夢が弟子になってから関わってたら、もっと生きた気がするのに。(トドロキも余りお馬鹿なことしなくて済んだかもしれないのに。:P)
実際、映画版では、明日夢がヒビキの弟子になっていて現場に一緒にくっついて行ってる描写があるわけですが、アレは燃えたもんなぁ。子供の目線で見ると、自分に一番近い存在である明日夢がヒーローであるヒビキの弟子になって、少しずつできることが増えていったりする、というのには、親近感も覚えると思うんだけどな。どうかな。


 「たら」「れば」で話をするのはなんですが。妄想を妄想として楽しむくらいは、いいかな〜と思ってとりあえず吐き出してみましたよ。