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路地裏散歩

特撮とかアニメとか感想と犬。

響鬼について語ってみたぞ。

昨年末、北海道の片隅から上京しまして、友人と一晩語り明かしました。主に響鬼とか響鬼とか、響鬼のことなんかを。(大げさ)
その辺からちょこちょことまとめ。まとめといいつつ、今の考えで上書きされてたりするかもですが。


「オレ響鬼
趣味で二次創作にも手を出すワタクシですが、響鬼は実に創作意欲が刺激される作品でした。
他人様の褌で相撲を取る二次創作とはいえ、一応曲がりなりにも一つの作品としてまとめようとすると、ある程度設定が必要になりますね。特に、作品中ではろくに語られていない部分(ザンキファン視点で言うなら、膝の古傷にまつわるエピソードとか)を補完しようとすると、多かれ少なかれ「My設定」という奴が必要になります。
響鬼はこの「My設定」が非常に立てやすい作品だったのです。


これは作品自体がしっかりしているからだ、と思っていたのですが、どうも最近それは違うような気がしてきました。


例えば、『猛士』。
・鬼のバックアップをする組織で、関東に『支部』があり、吉野に『本部』がある。
・支部の実務を取り仕切っているのは『事務局長』である立花勢地郎であり、その娘達も猛士の一員として働いている。
・資料整理や、鬼へ直接出動の指示を出す人員がいる。
・鬼と共に現場近くへ向かい、ベースキャンプの設営や鬼のフォローをする人員もいる。
・各地に協力者がおり、情報収集や地元での避難勧告等の業務や、鬼の修行の受け入れを行っている。
・鬼はシフト表に従って勤務しており、物語中で描写されているような異常事態に際しては、シフトの組み替えなどをして対応する。
・鬼は徒弟制度を採っており、弟子は何年間かの修行期間を経て鬼として独立する。
・鬼が使う装備や武器に関してはメンテナンスを必要とし、またその開発を行う人員もいる。


この辺の設定はとてもおもしろいと思いますし、なかなか画期的ではないかと思います。鬼の『仕事』と表現されることもあり、非常に会社組織的な様相を呈していて、実社会の延長として入り込みやすい物語の仕掛けです。


この入り込みやすさが、良くも悪くも物語を視聴者の頭の中で膨らませやすくしているんですね。


例えば、アレだけ大きな生物(しかも人を餌にする)が跋扈しているのに、猛士の一員の避難勧告(というにもちょっと弱いけど)だけで足りるの?という疑問が湧いたときに、実社会の延長感が強いだけに「警察組織や自衛隊の上層部ともつながりがあって、そちらから手を回しているんだ」という風に。
実際、魔化魍に襲われて命を落とした人は、事故やその他として処理されるようなので、その膨らませ方は間違っていないのかもしれません。ですが、それはあくまでも視聴者の補完、「My設定」でしかないんですよ。


別にこうやって「My設定」というか自分なりの補完をしていくことには、異論はありません。おもしろいし、私もこういう補完作業は大好物ですし。(笑)


でも、それってやっぱり、「物語がしっかりしているから」、もしくは「しっかり語られているから」というわけではないんですね。むしろ、『先を想像できるネタ(設定?)が随所に散りばめられているから、自分なりにアレンジしやすい』ということなのではないかと。


もちろん、物語がしっかり語られているが故に周辺状況を想像しやすい物語も多々ある筈ですし、『響鬼』でも部分的にはあったはずです。しかし、『響鬼』全体を通してみると、そうは言えないなぁ…と。物語から設定を想像するのではなく、設定や実体験・知識から想像できる状況から物語の穴を埋めている感がある、というか。自分なりの『響鬼』。「オレ響鬼」とでもいいますか。
それでもそれは「オレ響鬼」でしかないという自覚があるので、更に先へ先へと「こうかな?それとも、ああかな?」と想像し、いつかそれが語られるだろうことを期待していた。それが前半響鬼の楽しさでもあったのかもしれません。


好き嫌いではなく、良い悪いでもなく、29話までの響鬼と30話からの響鬼には違いがある、それは確かだと思います。その一つに、話の中で語られる情報量の多さがあると思ってます。
正直、30話以降、二次創作のペースが落ちてると自分で思います。ただそれは、『響鬼』という作品に魅力が無くなったからではなく、私が思いつくこと程度のことは、ほぼ物語中で語られてしまっているから。
二次創作なんてものは、既存のキャラクターや物語に愛着があって、彼らや彼女らの本編中では語られない部分を補完したくてやってる部分が大きいので、本編中で語られてしまえば、それ以上に書くことなんてないんですね。少なくとも、私の場合は。


何度も書いている気がしますが、私は一年通して『響鬼』という作品が好きであると思います。(一応最終回前なので、断定は避けてみた。最終回で肩透かし食らった過去もあることだし。)
ただそれは、「キャラ重視でものを見る」という視聴上の思考の偏りが大きく影響していたのかもしれないと、今は思ったりもしています。

逆に、だからこそ一年通してかなり満足度高く見られたのかもしれないですけどね。:P