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路地裏散歩

特撮とかアニメとか感想と犬。

#15 超モモタロス、参上!

 さすがに前回よりは話が進んだかなって感じだけども、やっぱりどうも散漫感は拭いきれない感じ。ネタの部分は少なくなって、オチネタ担当ジークです☆ぐらいなもんだったけども、それだって電王を知らない人にはダレそれ?って感じだもんなぁ。まああの位はお遊びの範疇内だからいいんだけども。


■世界観的には?
 OPを見る限り、良太郎は良太郎でリョウタロウじゃなかった。ということはこれは電王の世界はオリジナルの世界ってことになるのかな?うーん、これは一体どうなるんだろう。そもそも9つの世界の定義自体が曖昧といえば曖昧だからね。
 ただ、今までの世界は(多分これから巡るカブト、響鬼の世界も)テレビ本編とは違う世界。そこにぽっとテレビと地続き(つーても、良太郎は子供になってるし、テレビと「俺、誕生」しか見てないとパラレル同様だけども)の世界が入り込んでくる。これは、いずれテレビ本編の世界観とディケイドの世界観が繋がることの布石と思って良いんだろうか。
 ディケイドの世界というのは、9つの世界以外にある。士が過去を失った旅人であることから、10番目の世界は夏海の世界で更に(高次に?)士の世界があって、これがテレビ本編の世界観と地続きの10番目の世界になるんじゃないかって気がしてるんだけども。階層構造というか。
 じゃあ、今士が巡っている階層での電王世界ってのは、今はどうなってるんだろうね。もしかしてもう融合しちゃったのかな。その影響で良太郎は子供になり、夏海は「この世界は(今巡っている階層の中では)終わっちゃってるんですね」になるのかな?
 そうすると、いずれそれぞれの世界が高次の世界と融合したときに、何らかの異変が起こったりしても不思議じゃない。なるほど、ディケイドを踏まえるとそういう方向で各世界観も更に広げられそうな気がする。


■イメージ・イマジン・失った過去
 イマジンの定義自体を結構忘れてるんでアレですが。イマジンは未来から来て、契約(予定)者のイメージした姿を取るんですよね。つまり元々の自分、というものが無いも同然なんですよ。この辺が「ここは自分の世界じゃないということだけが解る」士と被ってる。だから「お前がイメージしろ」というのは、そのまま士に返ってくる。過去も記憶も無いけど、目的だけがある。ならその目的によって己が立っても良いんじゃないか、ってことかな。
 士は555の世界で「人に向き合おう」と考えたんだと思う、ってのは前にも書いた。そこから更に「己自身と向き合おう」としてるのかもしれないね。今の士には、過去の記憶も無い、ゆえに拠って立つ足場も無い。その「無い無い尽くし」の自分をまずはあるがままに肯定しよう、ってことなんじゃないかな。そうして、自分自身でまず居場所を作ってから、仲間や絆を得て進化していけばいい。そういう意味で、ディケイドってのはやっぱり士の成長物語なんだと思う。


 モモタロスが「自分でイメージしてみればいい」と言われて、良太郎が思い描いたあの姿になったというのは、やっぱり良太郎とモモタロスの絆を感じますね。だからこそ、余計にちゃんと良太郎を絡ませれば良かったのにと思わずにはいられないですが。大人の事情?ですよねー。
 ただまあ、ここでモモタロスと良太郎の絆をやっちゃうと、キンウラリュウがほんとに存在意義が薄れるので、そこが難しかったんだろうな〜。いっそね、もっと割り切っちゃって、モモタロスと良太郎だけに絞っても良かったんじゃないかと思うんだけどね。キンウラリュウがほんとに「いるだけ賑やかしマスコット」になってて、なんていうかもう。


 まあそれはともかく、「自分自身が自分を規定する事」ってのがテーマなんだとしたら、士の写真にイマジンたちが写ってなかったのは納得ですよ。存在がその意思でイメージするものってのは、印画紙には載らないだろうから。いくら士の摩訶不思議写真でも、存在しないものは写せないだろうからね。


■バトル
 うーん。正直印象に残るシーンがないなー。
 FFRで電王がモモタロスになったのは、割と予想通りというか。まあ電車にはならないよねーっていう(笑)しかし、この世界でのモモタロスと電王と良太郎の関係は、一体どうなってるんだ?
 あ!一瞬モモタロスが巨大化!?ってのは笑った。


■海東大樹
 そういえば、超今更ですが「海東」=「怪盗」ということに気付いた次第(笑)難しく考えること無かったぜ!


 以下、良くない感想。


 大人の事情はあれど、正直言って電王世界はテレビと地続きです、ってそれはどうなんだ。ってのが本音かなぁ。これを納得行く形でディケイドの世界に取り込んでくれればまだ良いけど。
 ただそれはそれとして、電王自重しろってのが本心。正直。映画をこのノリでやるんだったらそれは良いんですよ。アレは電王の世界にディケイドが入り込んでるんだから。でも今回と前回は違う。ディケイドの世界がメインで、本編。それを置いてイマジンがきゃっきゃと楽しくジャレてて、電王の世界の説明をして、電王の映画来てね☆でいいのかっていうと……なんかなぁ。
 大人の事情は事情として解るんだけどさ。東映も稼がないとなんないし、東映が儲けてくれないと次のライダーや戦隊にも存亡の危機が訪れるかもしれないんだしとも思うんだけど。思うんだけど、そんなこと考えて特撮見たくないよ!(笑)


 あと、言いたかないけどキャラがなんかちょっと変だった。基本的にキャラは変わってくもの、いろんな面を見せるものであって、今までと多少違う部分が出てきたくらいは「人間」の中のブレの内だと思うんだけど、それともなんか違う違和感が。前回の夏海がいきなり泣き出すのもそうだし、士がハナの名前をしつこく間違えてるのもそう。夏海→夏みかんは、短いにしろそれまでの距離感の積み重ねを見せるものだけど、ハナ→マルコは全然違う。訂正されても繰り返すのも含めて、あれじゃただのいやな奴じゃないですか。士ってあんな奴じゃなかったと思うよ。モモタロスがいなかった分、ハナに憎まれ口を叩く役割を士に割り振っただけにも見えるし。それは門矢士という人間を描いてることにはならないんじゃないのかな。


 バトルに関して。ユウスケをクウガに変身させたのは、もしかすると評価しても良いのかもしれない。今まで特に理由が説明されるわけでなくユウスケはクウガに変身してなかったし(アギトの世界においては、ユウスケがG3-Xを着ることそのものに意味があるので除外)、変身できるなら変身しろよってのは、違和感を感じるところでもあるし。
 ただ、扱いがなぁ。何であそこでギャグはさまないとなんないんだろう。電王の映画やら本編やらならあれが味なんだろうけど、さっきも書いたとおり、今回と前回に関してはディケイド世界がメインなんだって。ディケイド世界のバトルじゃないよね、あれ。
 しかもユウスケが、本当に都合の良い道具扱いでしかないじゃないですか。なんで必殺技にクウガのFFR使う必要があるんだ……。
 ユウスケと士は今まできちんと「共闘」してきたわけで、士がユウスケを都合の良い道具扱いしてたわけじゃない。共闘には共闘の意味があった。今回の士とユウスケの間に、共闘に足る何があったっていうのかと。
 電王世界で電王と士の関係がメインだから?そんなこと俺が知るか。ていうかメタ視点になるんだけども、だからこそ今までの世界では基本的にユウスケは変身してなかったんじゃないか。そこにあるのは、その世界のライダーと士の物語だから。キバ編でユウスケが変身してたのは、あれはユウスケとワタルの物語でもあったから。そこは今までずっと押さえられてきたのになぁ。

 なんていうか……なんだかなぁ。電王だけトクベツ扱い?ってのに微妙にもやもやしつつも、もっとおもしろくなる素地はあったと思うんだけどな。物語として瑣末なところ(ウラキンリュウの憑依とコスプレやら、デンライナーのなかの馬鹿騒ぎやら)を取って、もっと重要なところをオミットしちゃったって気がする。